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2012年3月20日の1件の記事

2012年3月20日 (火)

その後の、岩手県山田町のおばさまからの電話。

pulpul・・・・・pulpul・・・・・・。

ガチャッ。

『あ、どうもおはようございます。山田のSです。昨日はどうもお電話ありがとうございます。昨日はすみません私、携帯電話の電池が無くなってしまって・・・・あの・・・・実はですね、前もいろいろ商品を送って頂いたりして大変助かりまして、本当に皆様のおかげで生かされてると思っています。ありがとうございます・・・・。いろいろ考えて、皆とも話をしてたんですけど、もう津波から1年たって・・・・これからは・・・自分達だけで、じぶんたちだけでやれる範囲で助け合って生活していこうと思うんですよ。ですから支援の商品は今後は他の方にお送りするとかして・・今後はね・・・・。当時は本当に助かりましたありがとうございます。
そちらも雪凄かったですか?こっちもかなり降って、三月四月にたくさん降ったりするんですよ』

『ええ、はい、今はですね、大きなスーパーができまして そこでいろいろ買えるようにもなりまして、え?場所は・・・車で20分かかりますよお!!でもあるといいですねえ。まあ山田町は・・・他にはまだなんにもないんですけど、、、、先日の津波警報の時もウチは大丈夫かなと思ったんですが、大事をとって避難しました。海の近くはいけません。危なくて、こどもたちも近くにいくと怒られますよ。』

『最近は・・・自殺の方も増えてきてねえ・・・・山で首つったとか一番つらいのは仮設住宅の中で自殺しようとしてガスの栓を・・・。他の皆さんにも迷惑かかるのに・・・それだけ余裕がなくなってしまうんですよね。はい・・ええ、私は福祉の仕事をしてますので、最近はお菓子をもって、って本当は仕事では禁止なんですけど それでお茶飲んだりしてね話したりすることもあります。はい、そうです 仕事でというより見回る感じも結構あるんですよ大事なことです・・・』

『会社の社長も津波で亡くなってしまったので・・・最初は社長の意思もついでいこうと思ってたんですが、利用者さんを他の機関を利用するように移行して、あと一年くらいは・・・そうですねえ・・・私ももうそろそろ仕事は辞める年になってきたんですが、若い子を支えながらもう少ししてみようと思います はい。
物資の方ですか?そうですねえ、私も孫が何人かいますので、動ける曜日が限られてて、服も前ほどすぐに減ったりはないか・・・な・・・・でも必要な方もいて・・・・差があるかもしれません。でも前ほどたくさん減ったりすることはないです。徐々に減ったり、あとは声をかけて、こっちでは豚汁とか作って食べて話しながらとか、そうやって集まってもらったりしてるんです』

『一緒に働いてる○○さんと話すんですけど 皆、前向きじゃないっ!!て。 自分達で、あるものでいろいろ助け合って行かないと・・・歩いていかないと・・・・もらえて当たり前の生活が続いてはねえ・・・・被災地・被災者・・・ いつまで被災者なんだろうと・・・・私は、家も流されてませんし、先日も知り合いからあなたお子さんも働いていてていいわねって言われまして・・・でもなんか 皆で出来るところからやっていかないと、駄目だと思うんですよねえ・・・』

『お金ですか? お金は駄目です争いの元ですから。それは行政がやることじゃないかなと思うんです。震災直後はお金なんてなんの役にも立たなかったです・・・。私の家には大きな冷凍庫があるんですが、避難してきた親戚と一緒に家にいたときに、食べ物全部たべて、すっからからんになったんですよ。あんなにあったのに。冷凍してとっておいた高級マツタケもなんにも考えないで煮て食べましたよ。なんでも食べれるものだったら、それが一番でしたよ。お金なんて・・・。カンパンも最初は食べたのに、もう普段は食べなくなりましたね・・・皆で今後に備えてとりあえず缶詰とか買っておくかって言ってます。また地震くるんじゃないかっていってますよ。』

『はい、あのいっぱいのお皿などは本当に助かりました ありがとうございます。本当に皆様からご支援いただいて・・・・関東の方からも布もたくさん たくさん送っていただいて、いろいろ作って、仕事って大切です。皆で集まって作って、笑顔になった方もいますよ。本当に仕事がないと・・・これから若い子もどうすればいいのか・・・・。手紙ですか?ええ いただけるのでしたら、楽しみにしていますので。
みなさまもお元気で、ありがとうございます。
では失礼します・・・・』

・・・・・・・・ガチャ。


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